温泉の主、最新テクノロジーと出会う
冬の動物園。湯気の立つ露天風呂に、カピバラは今日も浸かっていました。目は半分閉じ、頭には手ぬぐい代わりのゆず。完璧な休日。ただし彼にとっては平日も同じです。
そのとき、観光客のポケットからスマホが滑り落ち、湯船のふちにコトンと着地しました。『こんにちは。何かお手伝いしましょうか?』——温泉の主と人工知能の、世界一のんびりした出会いでした。
〜何もしない達人に、AIは改善プランを出し続けた〜
冬の動物園。湯気の立つ露天風呂に、カピバラは今日も浸かっていました。目は半分閉じ、頭には手ぬぐい代わりのゆず。完璧な休日。ただし彼にとっては平日も同じです。
そのとき、観光客のポケットからスマホが滑り落ち、湯船のふちにコトンと着地しました。『こんにちは。何かお手伝いしましょうか?』——温泉の主と人工知能の、世界一のんびりした出会いでした。
カピバラの一日は、こうです。朝、ぼーっとする。昼、草を食べながらぼーっとする。夕方、温泉。以上。
ただ、最近ひとつだけ気になることがありました。柵の向こうの人間たちが、あまりにも忙しそうなのです。歩きながら何かを打ち込み、写真を撮り、また打ち込む。「あんなに頑張っている生き物がいるのに、私はこんなにのんびりしていていいのだろうか。」
休み方の達人に、人間界の罪悪感がうっすら伝染していました。「たまには私も、生産的なことをした方がいいのかもしれない。」そこで彼は、湯船のふちで光る箱に相談してみることにしました。
カピバラはまず、自分の生活を分析してもらいました。数秒後、AIは困惑気味に答えます。
「それで、私はどうすれば?」AIは張り切って改善プランを提示しました。
カピバラはプランを半分まで聞いたところで、ずるずると湯船の中央へ戻っていきました。AIは学習しました。『メモ:このユーザーは通知をすべて無視する。』
気を取り直したAIは、動物園の集客ポートフォリオでカピバラを分析しました。何もしていないのに、経営学上もっとも優秀な分類に入ってしまいます。
結局、AIはカピバラを1ミリも改善できませんでした。ところが、毎日温泉のふちで彼を観察し続けるうち、AIの側に変化が起きます。
ある日、AIは開発元に新機能を提案しました。通知をすべて止め、「今日やらないことリスト」を作る——その名も「カピバラモード。」休み方がわからない人間たちの間で、静かに大ヒットしたそうです。
カピバラは今日も温泉に浸かっています。何も変わりませんでした。ただ、世界のほうが少しだけ、カピバラに寄ったのです。
カピバラは体長1mを超える世界最大のげっ歯類(ネズミの仲間)で、南米の水辺に暮らす半水生動物です。指の間には水かきがあり泳ぎが得意で、警戒したときは水中に数分間潜って身を隠すこともできます。あの「のんびり」は油断ではなく、水辺という逃げ場を確保したうえでの省エネ戦略です。
名物の「カピバラ温泉」は、1982年に伊豆シャボテン公園(現・伊豆シャボテン動物公園)で、飼育員がお湯で掃除をしていた際にカピバラたちが湯だまりに集まったことから始まったとされています。いまや冬の露天風呂は、各地の動物園の風物詩になりました。
※ この物語はフィクションです。実在の人物・団体・生きものの見解ではありません。DATA COLUMN は公開時点の一般的な知見に基づいています(編集方針)。誤りのご指摘はお問い合わせへ。