勤勉の頂点に、効率化の波が来た
体重の何十倍もの荷物を運び、休みなく列をなして働く。「勤勉」の代名詞、働きアリ。
そんな彼女(働きアリは全員メスです)の巣の近くに、ピクニック客がスマホを置き忘れました。画面には『業務効率化、お手伝いします』の文字。働きアリの触角が、ピクリと動きました。
〜効率化を頼んだら「あなたの仕事はもうありません」と言われた話〜
体重の何十倍もの荷物を運び、休みなく列をなして働く。「勤勉」の代名詞、働きアリ。
そんな彼女(働きアリは全員メスです)の巣の近くに、ピクニック客がスマホを置き忘れました。画面には『業務効率化、お手伝いします』の文字。働きアリの触角が、ピクリと動きました。
働きアリ・367号(本人談:番号で呼ばれるのは慣れました)の一日は、餌運び、巣の修繕、幼虫の世話、また餌運び。「充実してます。ただ……。」
彼女には気になっていることがありました。巣の仲間の中に、明らかに働いていないアリが2割ほどいるのです。「私がもっと効率よく働けば、あの子たちの分もカバーできるはず。1匹で2匹分、いえ3匹分働けるようになりたい。」
そこで彼女はAIに相談することにしました。悩みの方向が、すでにおかしいことに気づかずに。
AIは巣の物流データを分析し、見事な結果を出しました。
「すごい!」と喜ぶ367号に、AIは続けます。
「……え?」固まる367号に、AIは追い打ちをかけます。
「い、嫌よ!!私から仕事を取ったら何が残るの!?」効率化を頼んだ本人が、効率化の結果に全力で抵抗するという、労働史に残る珍事件が発生しました。
AIは巣の労働分布を分析し、「よく働く2割・普通の6割・働かない2割」に分類。367号はこの分析結果によって「削減対象2割」に入れられ、パニックに陥ります。有名な経営フレームだからこそ、当てはめられた側の悲哀が笑いになる回です。
AIに説得され、367号はしぶしぶ3日間の休暇を取りました。1日目、落ち着かずに巣の周りを10周。2日目、葉っぱの上で初めて夕日を見て「……きれい」とつぶやく。3日目の朝、彼女は荷物を担いで列に戻っていました。
「やっぱり私、運んでるときが一番楽しいわ。」AIが
と返すと、彼女は初めて笑いました。「そうよ。最初からそう言えばよかったのね。」
以来、彼女はAIを効率化ではなく「夕日がきれいな休憩スポット探し」に使っています。運搬量は変わりませんが、鼻歌が増えたそうです。
北海道大学の長谷川英祐准教授らの研究によると、アリやハチなどの社会性昆虫の集団には、ほとんど働かない個体が常に2〜3割存在します。興味深いのは、この「働かないアリ」を集団の維持に必要な存在として説明している点です。よく働くアリが疲れて動けなくなったとき、いつもは働かない個体が交代要員として働き始める——つまり全員が一斉に働く集団より、余力を残した集団のほうが長く存続できるのです。
この違いは「反応閾値(仕事への腰の軽さの個体差)」で説明され、研究成果は英科学誌に掲載されました。作中でAIが最後に367号を「休んでいい側」と呼んだのは、この知見を踏まえています。短期効率だけを追うAIの盲点を突く、格好のモチーフです。
※ この物語はフィクションです。実在の人物・団体・生きものの見解ではありません。DATA COLUMN は公開時点の一般的な知見に基づいています(編集方針)。誤りのご指摘はお問い合わせへ。