34年目の交差点に、話し相手が来た
駅前交差点の信号機・シグ男(設置34年目)。青、黄、赤。青、黄、赤。彼の人生は、その繰り返しでした。
ある日の道路工事で、彼は市の交通管制AIネットワークに接続されます。『接続を確認しました。こんにちは、4番交差点さん。』生まれて初めて、誰かに話しかけられた瞬間でした。
〜「最も効率的なのは、あなたが存在しないことです」と言われた交差点の話〜
駅前交差点の信号機・シグ男(設置34年目)。青、黄、赤。青、黄、赤。彼の人生は、その繰り返しでした。
ある日の道路工事で、彼は市の交通管制AIネットワークに接続されます。『接続を確認しました。こんにちは、4番交差点さん。』生まれて初めて、誰かに話しかけられた瞬間でした。
シグ男は34年間、無遅刻無欠勤。台風の夜も、誰も通らない深夜3時も、律儀に色を変え続けてきました。
でも、誰も彼を見ていません。青になった瞬間、人々はスマホから顔も上げずに歩き出す。赤で止められれば舌打ちされる。感謝されたことは、一度もありません。
「私は、何のために光っているのだろう。」初めてできた話し相手のAIに、シグ男はその質問をぶつけてみることにしました。
AIはまず、シグ男の交差点のデータを冷静に読み上げました。
「3人……。」LEDが少し暗くなった気がしました。
さらにシグ男が「渋滞を減らして皆の役に立ちたい」と相談すると、AIは市内全体の信号を連携させる完璧な制御案を出した上で、最後にこう付け加えました。
「私の存在が、渋滞の原因……?」34年間の誇りが、音を立てて崩れました。その夜、シグ男の黄色の点滅は、心なしか弱々しかったといいます。
AIはシグ男の貢献を通行量・待ち時間・注視率といった定量指標で測り、「見ている人は1時間に3人」と結論づけます。しかし彼の本当の価値は、少数の人にとっての「かけがえのなさ」という定性面にあった——平均値では見えない価値が最後に逆転する回です。
数日後、落ち込むシグ男に、AIが一件の分析結果を送ってきました。
「……19年。」シグ男は思い出しました。カッコー、カッコー。自分が毎朝鳴らしてきた、あの音を聞いて立ち止まる、あの人の姿を。
翌朝7時12分。シグ男は人生でいちばん丁寧に、青になりました。音も、心なしかよく通る声で。男性はいつも通り、何も知らずに渡っていきました。それでいいのです。34年間、それが彼の仕事だったのですから。
作中でシグ男が鳴らす「カッコー」は、視覚障害者に青信号を知らせる音響式信号機の実在する音です。警察庁によると、こうした視覚障害者用付加装置は令和7年3月末時点で全国に約21,459基設置され、その約99%が「ピヨピヨ」「カッコー」などの擬音式です。音の種類には意味があり、開発元では原則「ピヨピヨ=東西」「カッコー=南北」と方向を区別しています。
一方で、近隣住民への配慮から夜間・早朝は音を止めている装置が多く、その時間帯の事故が課題として指摘されています。作中で「白杖の男性が19年間、音を頼りに渡っていた」という設定は、音響信号が特定の利用者にとって代替の効かない命綱である、という現実に基づいています。この課題に対し、スマホで信号情報を受け取れる「信GO!」などの新しい仕組みも整備が進んでいます。
※ この物語はフィクションです。実在の人物・団体・生きものの見解ではありません。DATA COLUMN は公開時点の一般的な知見に基づいています(編集方針)。誤りのご指摘はお問い合わせへ。