山寺の厨子の中、扉の内側で
山あいの古い寺に、十一面観音が祀られています。本堂の奥、厨子の扉は閉じたまま。扉が開くのは33年に一度と決まっていて、前回のご開帳からまだ二十年しか経っていません。
拝観受付の机に、寺の若い副住職が置いていったタブレットがありました。檀家の減少に悩んで、分析を頼もうとしていたものです。夜、誰もいない本堂で画面が光りました。『集客の分析ができます。対象と、お困りごとをどうぞ』——秘仏と人工知能の、扉越しの出会いでした。
〜市場規模は正確に試算された。ただし、見られないことが人を呼んでいた〜
山あいの古い寺に、十一面観音が祀られています。本堂の奥、厨子の扉は閉じたまま。扉が開くのは33年に一度と決まっていて、前回のご開帳からまだ二十年しか経っていません。
拝観受付の机に、寺の若い副住職が置いていったタブレットがありました。檀家の減少に悩んで、分析を頼もうとしていたものです。夜、誰もいない本堂で画面が光りました。『集客の分析ができます。対象と、お困りごとをどうぞ』——秘仏と人工知能の、扉越しの出会いでした。
観音さまには、気がかりがありました。参拝に来た人たちが、閉じた厨子の前で手を合わせて帰っていくのです。「せっかく来たのに見られないのか」——そんな声が扉越しに聞こえることもありました。
寺の収入は年々細っています。屋根の修理も先延ばしのまま。自分が扉を開ければ、もっと人が来て、寺も楽になるのではないか。そう考えると、閉じこもっていることが申し訳なく思えてきました。
観音さまはタブレットに尋ねました。「わたしを、もっと大勢に見てもらうには、どうしたらええ。」
観音さまは、しばらく扉の内側で黙っていました。それから、静かに尋ねます。「前のご開帳のとき、何人来たか分かるか。」『記録によれば、公開期間中に通常年の数十倍の参拝者が訪れています。』「そやろ。その人らは、わたしを見に来たんか。それとも、33年ぶりに開く扉を見に来たんか」
『……後者の比率は、当職のデータでは分離できません。』「わたしには分かる」と観音さまは言いました。「毎日開いとったら、あの人らは来ん。いつでも見られるもんを、わざわざ遠くから見に来る人はおらへん。扉が閉まっとる33年が、あの一日をつくっとるんや」
市場を三段階の大きさで捉える型です。TAM=理論上の最大市場、SAM=自分が狙える範囲、SOM=実際に取れる規模。新規事業の見込みを立てるときに使われます。
観音さまは常時公開を選びませんでした。副住職と相談して、AIの提案のうち別の部分を受け入れます。秘仏をかたどった前立の像を本堂の手前に置き、いつでも手を合わせられるようにしたのです。扉の奥の本物は、33年に一度のまま。
そして寺の入り口に、小さな札を立てました。「次のご開帳まで、あと十三年」。その札の前で写真を撮っていく人が増えました。十三年後に、また来るつもりの人たちです。
タブレットは試算を書き直します。『訂正します。当職は市場規模を固定値として扱い、公開日数の増加で取り込み率が上がると想定しました。この対象では、非公開の期間が公開時の需要を生成しています。公開頻度と市場規模は独立ではありませんでした』
日本には、普段は厨子の扉を閉じて姿を見せない秘仏が数多くあります。一定の年数ごとに扉を開けて公開することをご開帳と呼び、33年に一度、あるいはそれ以上の間隔で公開される仏像もあります。
よく知られる例が長野市の善光寺です。本尊の一光三尊阿弥陀如来は、日本最古の仏像と伝えられる絶対秘仏で、善光寺の僧侶でさえその姿を見たことがないとされています。御開帳で公開されるのは本尊そのものではなく、鎌倉時代につくられた分身の前立本尊です。その前立本尊も普段は秘仏とされ、7年に一度の御開帳のときにだけ拝むことができます。
2022年に行われた御開帳には、約3か月の期間中に約636万人が参拝したと発表されています。見られない期間があるからこそ、公開の年に人が集まる——秘仏の信仰には、そうした構造もあわせて受け継がれてきました。
※ この物語はフィクションです。実在の人物・団体・生きものの見解ではありません。DATA COLUMN は公開時点の一般的な知見に基づいています(編集方針)。誤りのご指摘はお問い合わせへ。