九月の魚屋、氷の上で
商店街の魚屋の店先に、その日入荷したサンマが並びました。氷の上に一列、腹を上にして。値札には、去年より高い数字が書いてあります。
店主が発注に使っているタブレットが、まな板の脇で光りました。『仕入れの分析ができます。品目と、お困りごとをどうぞ』——サンマと人工知能の、氷の上での出会いでした。
〜供給は不安定、単価は上昇。それでも秋になると、みんなが探しにくる〜
商店街の魚屋の店先に、その日入荷したサンマが並びました。氷の上に一列、腹を上にして。値札には、去年より高い数字が書いてあります。
店主が発注に使っているタブレットが、まな板の脇で光りました。『仕入れの分析ができます。品目と、お困りごとをどうぞ』——サンマと人工知能の、氷の上での出会いでした。
サンマには引っかかっていることがありました。昔は「大衆魚」と呼ばれていたのです。安くて、どこの家の食卓にも上がって、七輪の煙が路地に流れていた。
ところがここ数年、店先で客がこう言うのを何度も聞きました。「サンマ、高くなったねえ。」手に取って、値札を見て、戻す。自分は何も変えていないのに、居場所が変わっていました。
サンマはタブレットに尋ねました。「わたし、まだ仕入れる価値ある?」
サンマは氷の上で、しばらく黙っていました。それから、こう返します。「代わりがきくんやったら、なんで秋になったら、みんなわたしを探しにくるんや。」
『……栄養成分では代替可能です。』「そやろな。ほな聞くけど、イワシ焼いて「秋が来たな」て言う人、おるか。」タブレットが黙りました。「わたしはな、安いから買われとったんやない。秋になったら食べるもんやから、買われとったんや」
調達品を供給リスクと調達金額の重要度の2軸で4つに分ける型です。どの品目にどれだけ手をかけるかを決めるために使われます。
店主はサンマの仕入れをやめませんでした。かわりに、AIの助言のうち別の部分を受け入れます。入荷日と数量の見込みを事前に把握して、売り切れる量だけを仕入れるようにしたのです。値引きして捨てる分が減りました。
そして値札を書き替えました。金額の上に、大きくこう書いたのです。「今年のサンマ、入りました」。その日、氷の上は夕方前に空になりました。
タブレットは分析を書き直します。『訂正します。当職は重要度を調達金額で測りましたが、この品目の重要度は売場における役割にありました。なお、値札の表記変更による販売数の変化は、当職の予測に含まれていません。』「そらそうやろ」とサンマは言いました。「あれは、秋が来ましたっちゅう札やからな」
サンマの水揚げ量は2008年の約34万トンをピークに、大きく減少しました。2001年から2014年ごろまではおおむね20万トン前後で推移していましたが、2015年から2018年に10万トン前後へ、2019年以降は5万トンを下回る年が続いています。2025年は約6万5千トンで、ピーク時の2割弱にとどまりました。
不漁の要因として、2010年以降に進んだ分布の沖合化が挙げられます。海水温の上昇や餌環境の変化により、サンマの回遊する海域が日本の沿岸から遠ざかったという見方です。あわせて、資源量そのものの減少や、公海での外国漁船による漁獲の影響も指摘されています。
価格も大きく変わりました。1キロあたりの平均単価は2009年の約69円から、2025年には約332円へ。かつて「大衆魚」と呼ばれた魚が、いまは「高級魚」と報じられることもあります。魚そのものは変わっていませんが、獲れる量と値段が変われば、食卓での位置づけも変わっていきます。
※ この物語はフィクションです。実在の人物・団体・生きものの見解ではありません。DATA COLUMN は公開時点の一般的な知見に基づいています(編集方針)。誤りのご指摘はお問い合わせへ。