People・現代人 EPISODE 77

ビール腹、AIに「最上流を止めるのが最も効率的です」と誘いを断るよう勧められる。

〜転換率はどの段階も正しく出た。ただ、いちばん上にあったのは二十年ぶんの付き合いだった〜

2026.09.24読了 4分
洗面所の鏡の前で体組成の記録を確認する中年男性と、洗面台のスマートフォン
こんな悩みの話 やめたほうがいいと分かっているのにやめられない・健康と付き合いのどちらも手放したくない
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01

日曜の朝、洗面所の鏡の前で

健康診断の結果票が届いた翌週の日曜日。営業二課の田村さんは、洗面所で体重計に乗りました。裸電球の下で、シャツをめくったところに、それはありました。

洗面台に置いたスマートフォンが、計測値を受け取って光ります。『体組成の記録を更新しました。ご相談があればどうぞ』——ビール腹と人工知能の、鏡の前での出会いでした。

02

ビール腹の悩みと、呼ばれ方が変わった日

POINT同じものが、ある日から別の名前で呼ばれはじめることがある。

ビール腹には、引っかかっていることがありました。出はじめたころ、当時の部長にこう言われたのです。「腹が出てきたな。一人前になった証拠だ。」あのときは貫禄と呼ばれていました。

ところが今年の結果票では、こう書かれていました。腹囲、要指導。数字が先に来て、名前はあとから付いてくる。自分は少しずつ大きくなっただけなのに、扱いだけが変わっていました。

ビール腹はスマートフォンに尋ねました。「わたし、減らされたほうがいいのかい」

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03

AI、飲酒の行動を4段階に分けて転換率を出す

POINT計算は合っていた。ただし「上流は増やすもの」という前提で組まれた型だった。
『過去3か月の記録から、飲酒に至る行動を4段階に分解し、各段階の転換率を算出しました。①誘いを受ける(月8件)→②参加すると返事をする(月7件・88%)→③3杯目に進む(月6件・86%)→④締めの一品を頼む(月5件・83%)。どの段階にも目立った詰まりはありません。下流が健全である場合、総量を動かす最も効率的な手段は最上流の母数を絞ることです。①を月8件から月2件に減らせば、以降はすべて比例して減少します。誘いを断ることを推奨します』

ビール腹は鏡の中で、しばらく黙っていました。それから、こう返します。「その月8件はな、二十年かけて増えたんだ。」

『……件数としては把握しています。』「件数か。お前、上を絞れば下も比例して減るって言ったな。合ってるよ。でもな、あの誘いは在庫じゃない。今月6件断ったら、来月はもう鳴らない。絞るんじゃなくて、消えるんだ。」スマートフォンが黙りました。

田村さんが実際に使ったプロンプト
40代の会社員です。腹囲を減らしたいと考えています。 飲酒の習慣をどう変えればよいか、いちばん効率のいい方法を教えてください。
※ 失敗ポイント:「いちばん効率のいい方法」と効率だけを条件にしたため、AIは工程の最上流を削る案を出した。上流を絞れば下流が比例して減るのは計算として正しい。だが本人にとって上流は、二十年かけて積み上げた人間関係だった。減らしてよい段階と、減らしたくない段階を分けて伝えないと、AIは効率の順に上から削る。
AIによる行動分析「The Model(ザ・モデル)」

営業の流れを見込み客の獲得・育成・受注・継続の4段階に分け、それぞれの件数と転換率を数字で管理する型です。分業して各段階の専門性を上げつつ、どこで人が落ちているのかを見えるようにするために使われます。

①獲得(マーケティング)見込み客を集める段階。本件では飲み会の誘いが来る=月8件
②育成(インサイドセールス)関心を商談に変える段階。本件では参加の返事=月7件・転換率88%
③受注(フィールドセールス)実際に決める段階。本件では3杯目に進む=月6件・転換率86%
④継続(カスタマーサクセス)続けてもらう段階。本件では締めの一品=月5件・転換率83%
この型が強いところどこが詰まっているかが数字で分かる。詰まりが無ければ、上流の母数を動かすのが最も効くという判断も導ける
この型の限界各段階を入れ替えのきく工程として扱う。上流に二十年ぶんの関係が入っていても、「8件」という数としてしか見えない
04

結局どうなったか

POINT誘いは断らなかった。かわりに、いちばん下を削った。

田村さんは飲み会を減らしませんでした。かわりに、AIが出した数字の別のところを使います。4段階のうち転換率がいちばん低かったのは、いちばん下の「締めの一品」の83%。ここだけが、行きたくて行っている段階ではありませんでした。惰性で頼んでいたのです。

月5回あった締めが、ゼロになりました。半年後の結果票で、腹囲は3センチ減っていました。劇的ではありません。ただ、一度も飲み会を断らずに減ったので、続きました。

スマートフォンは分析を書き直します。『訂正します。当職は最上流の削減を推奨しましたが、利用者にとって上流は、すでに獲得の手間を払い終えた資産でした。削減の対象は下流に置くべきでした。なお、締めを我慢した回数のうち3回は、部下が頼んだ分を一口もらっています。これは当職の集計に含まれていません。』「一口はな」と田村さんは言いました。「勘定に入れなくていいんだ」

AIへの一言 「最上流を止めろ、っていうのは正しいよ。数字を見れば、そりゃそうだ。……でもな、あの誘いの電話が、俺の二十年でいちばん高い買い物なんだ。減らすんなら、下から減らしてくれ」
DATA COLUMN
ビール中びん1本が、ちょうど基準の1日分です

厚生労働省が2024年に公表した「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」は、お酒の量そのものではなく純アルコール量(グラム)で把握することをすすめています。計算式は摂取量(ml)×アルコール度数÷100×0.8。ガイドラインが挙げている例では、ビール500ml(5%)で20グラムです。

このガイドラインでは、生活習慣病のリスクを高める量として1日あたりの純アルコール摂取量が男性40グラム以上、女性20グラム以上が示されています。女性の基準はビール500ml1本、男性でも2本です。2024年度に始まった健康日本21(第三次)では、この量を飲んでいる人の割合を男女あわせて10%まで減らすことが目標に掲げられました。

同じガイドラインには、病気ごとにリスクが上がりはじめる量の表も載っています。大腸がんは男女とも週150グラム(1日20グラム)から。高血圧や男性の食道がんについては、ゼロを超えるとリスクが上がると記されています。ビール腹という呼び名がついていますが、体が受け取っているのは銘柄ではなく、この数字のほうです。

※ この物語はフィクションです。実在の人物・団体・生きものの見解ではありません。DATA COLUMN は公開時点の一般的な知見に基づいています(編集方針)。誤りのご指摘はお問い合わせへ。

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