夏の売り場、行列の最後尾
駅前の宝くじ売り場に、今年も行列ができていました。並んでいるのは五十代の会社員。連番とバラを十枚ずつ、毎年おなじ買い方です。三十年近く続けていて、当たったことは三千円が二回だけでした。
順番を待つあいだ、手持ち無沙汰にスマホを開きます。『家計に関する分析ができます。項目と、お困りごとをどうぞ』——買う人と人工知能の、行列の中での出会いでした。
〜投資として見れば最悪の商品。ただし本人は、投資のつもりで買っていなかった〜
駅前の宝くじ売り場に、今年も行列ができていました。並んでいるのは五十代の会社員。連番とバラを十枚ずつ、毎年おなじ買い方です。三十年近く続けていて、当たったことは三千円が二回だけでした。
順番を待つあいだ、手持ち無沙汰にスマホを開きます。『家計に関する分析ができます。項目と、お困りごとをどうぞ』——買う人と人工知能の、行列の中での出会いでした。
妻には「また買ってるの」と言われます。子どもには「それ確率的にムダだよ」と笑われました。自分でも分かっています。当たらないことも、割に合わないことも。
それでも毎年並んでしまう。「なんでだ」と聞かれたとき、うまく答えられたことが一度もありませんでした。説明できないから、なんとなく悪いことをしている気分になる——それが本当の悩みでした。
会社員はスマホに尋ねました。「宝くじって、買う価値ある?」
会社員は少し笑って、こう返しました。「うん、知ってる。……なあ、聞き方を変えていいか。」『どうぞ。』「この300円で、おれは何を買ってると思う?。」しばらく間があって、端末が答えます。『……当せん金の期待値としては140円です。それ以外の項目は、当職の評価対象に含まれていません』
「そうだよな」と会社員は言いました。「発表の日までの三週間、風呂で何回か考えるんだ。当たったらどうしようって。あれ、けっこう楽しいんだよ」
同じ支出でも、期待値(平均していくら戻るか)と効用(本人がどれだけ満足するか)は別物です。前者だけで判断すると、後者はまるごと切り捨てられます。
その年も、会社員は連番とバラを十枚ずつ買いました。金額も、買う場所も、去年と同じです。変わったのは家に帰ってからで、「また買ってるの」と言われたときに、はじめて答えられました。「これ、三週間ぶんの娯楽費なんだ。六千円で三週間なら、まあ安いだろ。」妻は笑って、それ以上は言いませんでした。
端末は分析を書き直します。『訂正します。当職は評価軸を”金銭的期待値”に限定しましたが、これは指定された条件に従った結果です。支出の目的が娯楽である場合、期待値による評価は適切な指標ではありません。なお、購入額が生活に影響する水準に達した場合は、この限りではありません。』「そこは釘を刺すんだな」と会社員は笑いました。
宝くじの還元率——売上のうち当せん金として戻る割合——は、令和5年度の実績で約46.7%、令和6年度で約46.5%と公表されています。1枚300円で購入した場合、期待できる金額は約140円という計算になります。ジャンボ宝くじの1等当せん確率は、1ユニット2,000万枚に1本のため2,000万分の1です。
では残りはどこへ行くのか。売上の約40%は収益金として発売元の自治体に納められ、公園の整備や高齢化対策、災害対策といった公共事業に使われます。残りは印刷経費や販売手数料などです。宝くじは賞金の払い戻し率だけを見ると不利ですが、制度としては公共事業の財源という側面をあわせ持っています。
なお、期待値が購入額を下回る商品は宝くじに限りません。保険も多くの場合、支払う保険料の合計は受け取る保険金の期待値を上回ります。それでも人が保険に入るのは、金銭的期待値以外の価値を買っているからです。同じ構造が、娯楽としての支出にも当てはまると説明されることがあります。
※ この物語はフィクションです。実在の人物・団体・生きものの見解ではありません。DATA COLUMN は公開時点の一般的な知見に基づいています(編集方針)。誤りのご指摘はお問い合わせへ。