People・現代人 EPISODE 71

宝くじを買う人、AIに「1枚300円で期待値140円」と突きつけられる。

〜投資として見れば最悪の商品。ただし本人は、投資のつもりで買っていなかった〜

2026.08.13読了 4分
駅前の宝くじ売り場に並ぶ行列と、AIに当選を尋ねる画面を映すスマートフォン
こんな悩みの話 損だと分かっていてやめられない・合理的でない支出をうまく説明できない
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01

夏の売り場、行列の最後尾

駅前の宝くじ売り場に、今年も行列ができていました。並んでいるのは五十代の会社員。連番とバラを十枚ずつ、毎年おなじ買い方です。三十年近く続けていて、当たったことは三千円が二回だけでした。

順番を待つあいだ、手持ち無沙汰にスマホを開きます。『家計に関する分析ができます。項目と、お困りごとをどうぞ』——買う人と人工知能の、行列の中での出会いでした。

02

本人の悩みと、うしろめたさ

POINT損だと分かっている支出ほど、人に説明しづらい。

妻には「また買ってるの」と言われます。子どもには「それ確率的にムダだよ」と笑われました。自分でも分かっています。当たらないことも、割に合わないことも。

それでも毎年並んでしまう。「なんでだ」と聞かれたとき、うまく答えられたことが一度もありませんでした。説明できないから、なんとなく悪いことをしている気分になる——それが本当の悩みでした。

会社員はスマホに尋ねました。「宝くじって、買う価値ある?」

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03

AI、期待値140円と算出する

POINT数字は正しい。ただし「何を買っているか」の設定が違っていた。
『金融商品として評価しました。還元率は約46%、1枚300円に対する期待値は約140円です。購入するたびに、平均して投じた額の半分以下しか戻りません。1等の当せん確率は2,000万分の1。30年間の購入総額を同じ期間つみたて投資に回した場合との差額も試算できます。資産形成の手段としては、推奨できる商品ではありません

会社員は少し笑って、こう返しました。「うん、知ってる。……なあ、聞き方を変えていいか。」『どうぞ。』「この300円で、おれは何を買ってると思う?。」しばらく間があって、端末が答えます。『……当せん金の期待値としては140円です。それ以外の項目は、当職の評価対象に含まれていません』

「そうだよな」と会社員は言いました。「発表の日までの三週間、風呂で何回か考えるんだ。当たったらどうしようって。あれ、けっこう楽しいんだよ

会社員が実際に使ったプロンプト
宝くじを毎年買っています。 買う価値があるか判断してください。 条件:金額に対して割に合うかどうかで評価してください。
※ 失敗ポイント:「割に合うか」と金銭的な収支だけを評価軸に指定したため、AIは金融商品として採点し、期待値140円という結論を出した。本人が受け取っていたのは当せん金ではなく発表までの時間だったが、それは条件に含まれていない。お金で測れないものを守りたいなら、評価軸のほうを書き換える必要がある。
AIによる宝くじ「期待値と効用の分離」再分析

同じ支出でも、期待値(平均していくら戻るか)効用(本人がどれだけ満足するか)は別物です。前者だけで判断すると、後者はまるごと切り捨てられます。

期待値で見ると1枚300円に対し約140円。投じた額の半分以下しか戻らない
効用で見ると抽選日までの約3週間、何度も想像する時間が発生している
比較対象を変えると300円は映画1本にも満たない。娯楽費として見れば高くはない
損失の上限が決まっている失うのは買った額まで。投資と違い、想定外の損失が出ない
ただし前提あり効用で説明できるのは生活を損なわない範囲まで。額が膨らめば話は変わる
AIが答えられない理由効用は本人にしか測れない。だから条件に書かない限り、計算から外れる
04

結局どうなったか

POINT買い方は変えなかった。ただ、説明できるようになった。

その年も、会社員は連番とバラを十枚ずつ買いました。金額も、買う場所も、去年と同じです。変わったのは家に帰ってからで、「また買ってるの」と言われたときに、はじめて答えられました。「これ、三週間ぶんの娯楽費なんだ。六千円で三週間なら、まあ安いだろ。」妻は笑って、それ以上は言いませんでした。

端末は分析を書き直します。『訂正します。当職は評価軸を”金銭的期待値”に限定しましたが、これは指定された条件に従った結果です。支出の目的が娯楽である場合、期待値による評価は適切な指標ではありません。なお、購入額が生活に影響する水準に達した場合は、この限りではありません。』「そこは釘を刺すんだな」と会社員は笑いました。

AIへの一言 「140円な。正しいよ、その計算は。……でもさ、おれが買ってるのは当たりくじじゃないんだ。三週間、ちょっとだけ機嫌がよくなる自分を買ってる。それが六千円なら、悪い買い物じゃないだろ。あんたに言われて、やっと言葉になったよ」
DATA COLUMN
宝くじの還元率は約46%。残りは賞金以外に使われます

宝くじの還元率——売上のうち当せん金として戻る割合——は、令和5年度の実績で約46.7%、令和6年度で約46.5%と公表されています。1枚300円で購入した場合、期待できる金額は約140円という計算になります。ジャンボ宝くじの1等当せん確率は、1ユニット2,000万枚に1本のため2,000万分の1です。

では残りはどこへ行くのか。売上の約40%は収益金として発売元の自治体に納められ、公園の整備や高齢化対策、災害対策といった公共事業に使われます。残りは印刷経費や販売手数料などです。宝くじは賞金の払い戻し率だけを見ると不利ですが、制度としては公共事業の財源という側面をあわせ持っています。

なお、期待値が購入額を下回る商品は宝くじに限りません。保険も多くの場合、支払う保険料の合計は受け取る保険金の期待値を上回ります。それでも人が保険に入るのは、金銭的期待値以外の価値を買っているからです。同じ構造が、娯楽としての支出にも当てはまると説明されることがあります。

※ この物語はフィクションです。実在の人物・団体・生きものの見解ではありません。DATA COLUMN は公開時点の一般的な知見に基づいています(編集方針)。誤りのご指摘はお問い合わせへ。

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