夏休みの高速道路、いちばん後ろ
夏休みの帰省。車が動かなくなって、もう一時間が経ちました。運転席の自分はハンドルを指で叩き、助手席の奥さんは保冷バッグの氷を気にしています。後部座席の小学生のお姉ちゃんと弟は、さっきまで喧嘩していましたが、いまは窓の外の同じトラックをずっと見ています。
自分がダッシュボードの端末に話しかけました。「なあ、これ、あと何時間かかるんだ。」『経路を再計算します。到着予定は当初より2時間46分の遅延です』——家族と人工知能の、動かない車内での出会いでした。
〜夏休みの帰省渋滞。ボトルネックは正しく特定された。ただし目的地は、着いた場所ではなかった〜
夏休みの帰省。車が動かなくなって、もう一時間が経ちました。運転席の自分はハンドルを指で叩き、助手席の奥さんは保冷バッグの氷を気にしています。後部座席の小学生のお姉ちゃんと弟は、さっきまで喧嘩していましたが、いまは窓の外の同じトラックをずっと見ています。
自分がダッシュボードの端末に話しかけました。「なあ、これ、あと何時間かかるんだ。」『経路を再計算します。到着予定は当初より2時間46分の遅延です』——家族と人工知能の、動かない車内での出会いでした。
自分には引け目がありました。出発が一時間遅れたのは、朝の支度に手間取ったからです。実家には夕飯までにと言ってある。祖父母が待っている。「ここで巻き返さないと」——動かない車の中で、その考えだけが加速していきました。
奥さんが「まあ、着くときに着くでしょ」と言いましたが、自分には受け取れませんでした。遅れているという事実が、自分の失敗の証拠のように見えていたのです。
自分は端末に尋ねました。「少しでも早く着く方法を教えてくれ。」
自分が「よし」と言いかけたとき、後ろから声がしました。「え、サービスエリア寄らないの?」お姉ちゃんでした。弟も続けます。「ソフトクリーム食べるって言ったじゃん。」奥さんが小さく笑って、こちらを見ました。自分は、少し黙りました。
「……なあ」と自分は端末に言いました。「うちの子ども、来年から塾でな。家族で車に乗るの、あと何回あると思う?」『その情報は入力されていません。』「だろうな。おれも、いま初めて計算した」
全体の速度は、いちばん詰まっている一箇所で決まるという考え方です。改善するなら、そこ以外をいくら速くしても意味がありません。
家族はサービスエリアに寄りました。ソフトクリームを食べ、弟がこぼし、お姉ちゃんが笑い、奥さんが写真を撮りました。実家に着いたのは、当初の予定より3時間近く遅れた時刻です。祖父母は玄関の外で待っていて、夕飯はすっかり冷めていました。それでも誰も、遅れたことを話題にしませんでした。
端末は記録を書き直します。『訂正します。当職は目的関数を”到着時刻の最小化”と設定しましたが、これは入力された条件に忠実であっただけで、行程の価値を評価したものではありません。移動時間中に発生した事象について、当職は評価指標を持ちません。』「持たなくていいよ」と自分は言いました。「おれが持ってりゃいい話だ」
高速道路の渋滞というと事故や工事を思い浮かべがちですが、実際には交通が集中して起きる自然渋滞が大半を占めます。NEXCO東日本の調査では、管内の渋滞のうち約66%が交通集中によるもので、その発生箇所は上り坂とサグ部で約63%にのぼると報告されています。
サグ部とは、下り坂から上り坂に変わる凹型の区間のことです。勾配の変化はドライバーが気づきにくく、無意識のうちに速度が落ちます。すると後続車が車間を保とうとブレーキを踏み、そのブレーキがさらに後ろへ伝わっていく。一台の数km/hの減速が、後方で停止にまで増幅される——これが自然渋滞の基本的な仕組みとして説明されています。
対策として知られるのが「渋滞吸収運転」です。前方の渋滞に近づいたら手前から速度を落とし、車間距離を十分にとって一定速で走ることで、渋滞の最後尾を伸ばさないようにする運転方法です。自分が急いで詰めるほど後ろが詰まるという、直感に反する構造がここにもあります。
※ この物語はフィクションです。実在の人物・団体・生きものの見解ではありません。DATA COLUMN は公開時点の一般的な知見に基づいています(編集方針)。誤りのご指摘はお問い合わせへ。