やぐらの上の、最後の音頭取り
商店街のはずれの広場に、年に一度だけやぐらが立ちます。盆踊り保存会の会長・辰じいは、この町で五十年、音頭を取ってきました。うちわ片手に、太鼓に合わせて、同じ節を回し続ける夏。
ただ、輪は年々小さくなっていました。ある晩、孫が置いていったタブレットが光ります。『こんにちは。地域行事の運営を支援します』——最後の音頭取りと人工知能の、祭りばやしの出会いでした。
〜やぐらの上の音頭取りに、AIは動作の最適化案を出した〜
商店街のはずれの広場に、年に一度だけやぐらが立ちます。盆踊り保存会の会長・辰じいは、この町で五十年、音頭を取ってきました。うちわ片手に、太鼓に合わせて、同じ節を回し続ける夏。
ただ、輪は年々小さくなっていました。ある晩、孫が置いていったタブレットが光ります。『こんにちは。地域行事の運営を支援します』——最後の音頭取りと人工知能の、祭りばやしの出会いでした。
辰じいには悩みがありました。「若いもんが来ん。役員はみんな七十超えた。市役所には”費用対効果を説明してください”と言われる。……効果って、何じゃ。」
盆踊りに意味はあるのか。そう聞かれるたび、辰じいは言葉に詰まります。五十年続けてきたことの意味を、数字で説明できないのです。「わしが説明できんようじゃ、消えても仕方ないんかもしれん。」
そこで辰じいは、タブレットに祭りの動画を見せて頼みました。「これを、どうにか盛り返す知恵はないか。」
辰じいは、ゆっくり首を振りました。「あのな。盆踊りは”見せるもん”じゃない。”入るもん”だ。振りが単純なのはな、婆さんも、初めての子も、酔っ払いも、誰でも三周まわれば踊れるようにするためだ。あれはこの踊りの、いちばん賢いところなんじゃ。」
AIは自分の推論を、事実(空)・解釈(雨)・行動(傘)に分けて並べ直しました。事実は正しくても、解釈を誤ると、行動はまるごと間違えます。
翌年の祭りは、少しだけやり方を変えました。振り付けの練習動画を短くまとめてSNSに流し、開始を三十分遅らせて仕事帰りに間に合わせ、輪の一部を「初めての人の列」にして、保存会の婆さんたちが隣で一緒に回る。
踊り自体は、五十年前のままです。それでも輪は、久しぶりに二重になりました。やぐらの上から辰じいが見たのは、振りを間違えながら笑っている、知らない若い顔でした。
盆踊りは、お盆に祖先の霊を迎え送る行事と結びついて発展した踊りで、念仏踊りにルーツを持つとされます。短い動作の反復と輪の構造は、初めての人でも見よう見まねで加われる参加型の設計であり、鑑賞用の舞踊とは性格が異なります。
2022年には、盆踊りや念仏踊りを含む日本各地の「風流踊」41件がユネスコ無形文化遺産に登録されました。徹夜で踊り継ぐ郡上おどり(岐阜)や阿波おどり(徳島)のように、観光資源として若い世代を集め続ける事例もあり、担い手不足と発信方法は多くの地域で共通の課題とされています。
※ この物語はフィクションです。実在の人物・団体・生きものの見解ではありません。DATA COLUMN は公開時点の一般的な知見に基づいています(編集方針)。誤りのご指摘はお問い合わせへ。