スタジオの片隅に、投資判定AIが来た
1950年代、カリフォルニア・バーバンクの映画スタジオ。銀行との融資交渉に疲れた重役たちが、最新式の「投資判定AI」を持ち込みました。『事業計画を入力してください。業界データに基づき、投資可否を判定します。』
口ひげの男は、スケッチの束を抱えたまま画面をのぞき込みました。「ちょうどいい。見てもらいたい計画があるんだ」——夢を描く男と、業界平均で判定する人工知能の出会いでした。
〜業界分析AIは「参入すべきでない」と結論づけた〜
1950年代、カリフォルニア・バーバンクの映画スタジオ。銀行との融資交渉に疲れた重役たちが、最新式の「投資判定AI」を持ち込みました。『事業計画を入力してください。業界データに基づき、投資可否を判定します。』
口ひげの男は、スケッチの束を抱えたまま画面をのぞき込みました。「ちょうどいい。見てもらいたい計画があるんだ」——夢を描く男と、業界平均で判定する人工知能の出会いでした。
ウォルトの構想は、「親と子が一緒に楽しめる場所」でした。娘たちを遊園地に連れて行くたび、ベンチでピーナッツを食べながら待つだけの自分に気づいたのです。「なぜ大人は、見ているだけなんだ。」
しかし当時の遊園地といえば、うら寂れて、少し治安が悪く、大人には退屈な場所の代名詞。銀行は渋い顔をし、兄のロイは頭を抱え、社内でも「映画で稼いだ金を溝に捨てる気か」と噂されました。
ウォルトはAIに、遊園地事業の計画を入力しました。「さあ、判定してくれ。」
ウォルトは首を振りました。「それは”遊園地”の分析だろう。私が作るのは遊園地じゃない。映画の世界の中に、家族で入れる場所だ。名前がまだ無いだけさ。」AIは長い沈黙のあと、分析をやり直しました。業界の枠を、引き直したのです。
AIは業界構造分析の定番・5Forcesを、「遊園地」ではなく「テーマパーク(物語の世界に入る場所)」という新しい枠で引き直しました。枠が変わると、5つの力は全部向きを変えました。
1955年7月、ディズニーランド開業。初日は入場券の偽造やトラブルの続出で、のちに「ブラックサンデー」と呼ばれる大混乱になりました。AIは『ほら見たことか』と言いかけましたが、翌週から様子が変わります。テレビ番組と結びついた宣伝が家族連れを呼び、園は連日にぎわいました。
AIは静かにデータベースを書き換えました。『新規業界を登録しました。業界名:テーマパーク。参入企業:1社。業界魅力度:算出不能(前例なし)。』夢は、計算できないのではなく、計算の枠の外で生まれるだけなのかもしれません。
ディズニーランド(カリフォルニア州アナハイム)は1955年7月17日に開業しました。開業日は招待客の想定を大きく超える入場や設備トラブルが重なり、混乱の一日だったと伝えられます。それでも、テレビ番組『ディズニーランド』と連動した発信により開業初年から多くの来場者を集めました。
既存の遊園地と異なり、映画の物語世界を園全体で再現する「テーマパーク」という業態を確立した点が最大の特徴とされ、映画・テレビ・パークが互いに送客し合う仕組みは、後のメディアミックス戦略の原型と位置づけられています。構想段階では社内外の反対が強かったという逸話も広く語られています。
※ この物語はフィクションです。実在の人物・団体・生きものの見解ではありません。DATA COLUMN は公開時点の一般的な知見に基づいています(編集方針)。誤りのご指摘はお問い合わせへ。