天下人の書院に、南蛮の知恵箱が届く
天下統一を目前にした豊臣秀吉。その書院に、宣教師が献上した「知恵の箱」が置かれていました。『人事の最適化を支援します。』
秀吉は気まぐれに、弟・秀長のことを尋ねました。秀長は、派手な武功こそ少ないものの、諸大名との調整から兵站まで一手に引き受ける、政権の要の男です。「のう、機械。わしの弟、秀長を、どう評価する」——天下人と人工知能の、伏見での問答でした。
〜表舞台の兄と、裏方の弟。AIが測れたのは、片方だけだった〜
天下統一を目前にした豊臣秀吉。その書院に、宣教師が献上した「知恵の箱」が置かれていました。『人事の最適化を支援します。』
秀吉は気まぐれに、弟・秀長のことを尋ねました。秀長は、派手な武功こそ少ないものの、諸大名との調整から兵站まで一手に引き受ける、政権の要の男です。「のう、機械。わしの弟、秀長を、どう評価する」——天下人と人工知能の、伏見での問答でした。
秀吉には、ひそかな悩みがありました。「秀長は、誰よりも働いておる。じゃが、あやつの手柄は、表に出てこん。武功の数でいえば、加藤や福島の若い衆のほうが、よほど華々しい。」
弟に、もっと分かりやすい功績を立てさせるべきか。それとも、今のまま裏方に置くべきか。秀吉は、身内だからこそ正しく評価できずにいました。「あやつの働きを、どう測ればええのか、わしにも分からんのじゃ。」
そこで秀吉は、知恵の箱に問いました。「秀長の値打ちを、数字で出してみよ。」
秀吉は、しばらく黙ってから、低く笑いました。「お前は、討ち取った首は数えられても、”揉めなかった喧嘩”は数えられんのじゃな。」AIは問い返します。『揉めなかった喧嘩、とは。記録がありません。』「そうじゃ。秀長がおるから、大名同士が揉めん。戦の前に兵糧が届く。何も”起きない”。その”起きなかった”を、誰も手柄と呼ばんだけじゃ。」
AIは家臣の力を、業務遂行の「テクニカル」、対人調整の「ヒューマン」、大局を描く「コンセプチュアル」の3スキルで捉え直しました。武功が測るのはテクニカルだけ。組織の上にいくほど、測りにくいスキルが効いてきます。
秀吉は、秀長に派手な役目を与えるのをやめました。「あやつは、表で刀を振るより、裏で家中をまとめておるほうが、何十倍も効く。無理に武功を立てさせるのは、名刀で薪を割るようなもんじゃ。」秀長は、これまでどおり調整役に徹し、豊臣の天下は静かに回り続けました。
知恵の箱は、記録を書き換えました。『訂正します。当職の評価軸は”起こした成果”に偏っていました。羽柴秀長殿の価値は”起こさせなかった損失”にあり、代替は困難と再算定します。』要の人材の値打ちは、その人が抜けて初めて、皆が思い知るのです。
豊臣秀長(1540?-1591)は豊臣秀吉の弟で、大和・紀伊・和泉におよそ100万石を領した大大名です。武将としての勝ち星よりも、諸大名の間を取り持つ調整力、兵站や内政を滞りなく回す実務能力で知られ、「大納言様」と敬われました。九州平定の際には島津方との交渉でも重きをなしたと伝えられます。
秀長が1591年に病没した後、豊臣政権では千利休の切腹、秀次事件など不穏な出来事が相次ぎ、「秀長が存命であれば」と惜しむ声が後世に語られてきました。目立つ手柄ではなく「組織を破綻させないこと」で貢献する人材の価値は、数字に表れにくいがゆえに、失って初めて分かる——というリーダー論の題材としてしばしば取り上げられます。
※ この物語はフィクションです。実在の人物・団体・生きものの見解ではありません。DATA COLUMN は公開時点の一般的な知見に基づいています(編集方針)。誤りのご指摘はお問い合わせへ。