会議室に、市場調査AIがやってきた
カリフォルニア、クパチーノ。とある会議室に、役員会の肝いりで「市場調査AI」が導入されました。『あらゆる新製品の市場規模を試算し、投資判断を支援します。』
黒いタートルネックの男は、その画面を面白くもなさそうに眺めていました。「ふうん。じゃあ聞くけど」——直感で市場を作る男と、データで市場を測る人工知能の出会いでした。
〜市場規模の試算はゼロ。調査AIは開発中止を勧めた〜
カリフォルニア、クパチーノ。とある会議室に、役員会の肝いりで「市場調査AI」が導入されました。『あらゆる新製品の市場規模を試算し、投資判断を支援します。』
黒いタートルネックの男は、その画面を面白くもなさそうに眺めていました。「ふうん。じゃあ聞くけど」——直感で市場を作る男と、データで市場を測る人工知能の出会いでした。
男の構想はシンプルでした。「ボタンを全部なくした電話を作る。画面だけだ。電話で、音楽が聴けて、ポケットのネット端末になる。」
役員たちの反応は、いつも同じです。「素晴らしい。で、市場調査の結果は?」数字がないと誰も動けない。だが、まだ存在しないものの数字は、どこにも存在しない。「調査を待っていたら、未来のほうが先に来ちまう。」
男は仕方なく、導入されたばかりのAIに構想を入力しました。「この製品の市場規模を出してくれ。役員会がうるさいんでね。」
男は肩をすくめました。「そうだろうね。人は、形にして見せられるまで、自分が何を欲しいか分からないんだ。電話とウォークマンとパソコンを一台にしたいかなんて、聞かれたこともないんだから。」
AIは市場規模の物差しそのものを疑い、TAM(獲得可能な最大市場)・SAM(狙える市場)・SOM(実際に取れる市場)を「市場の定義」ごと引き直しました。
男は調査の代わりに、試作機を一台、役員会のテーブルの真ん中に置きました。指でなぞると、画面の中の写真がすっと滑る。会議室が、静かになりました。さっきまで数字を求めていた役員が、順番待ちで試作機を触っています。
AIは、その光景を記録して言いました。『訂正します。需要は、いま発生しました。』男は頷きました。「そういうことだ。市場ってのは、測るものじゃない。作るものなんだ。」
初代iPhoneの発表は2007年。発表の場でスティーブ・ジョブズは「ワイド画面のiPod・革新的な携帯電話・画期的なネット通信機器」の3つを一台にした製品として紹介しました。物理キーボードが主流だった当時の携帯電話市場の常識に対し、タッチパネルのみという構成は大きな賭けと受け止められました。
ジョブズは市場調査に頼らない製品開発の姿勢で知られ、「人は形にして見せるまで、何が欲しいか分からない」という趣旨の発言が広く伝えられています。スマートフォンはその後、携帯電話市場そのものを再定義し、当初の「電話市場」の物差しでは測れない規模の産業となりました。
※ この物語はフィクションです。実在の人物・団体・生きものの見解ではありません。DATA COLUMN は公開時点の一般的な知見に基づいています(編集方針)。誤りのご指摘はお問い合わせへ。