Food・たべもの EPISODE 73

和菓子屋のショーケース、AIに「季節ごとの入れ替えは非効率」と指摘される。

〜陳列は科学的に最適化された。ただし、菓子には名前がついていた〜

2026.08.26読了 4分
和菓子屋の店先で、上生菓子が並ぶショーケースを前に考え込む女将とタブレット
こんな悩みの話 売れ筋だけを残すと店らしさが消える・見せ方の意味を数字で説明できない
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01

八月の朝、ショーケースの前で

創業から四代続く和菓子屋の朝は、ショーケースを整えるところから始まります。三代目の女将は、今日も上生菓子を並べ替えていました。夏の菓子を左から順に、涼しげな寒天菓子を中央に。並び順は毎週変わります

レジ横に、息子が置いていったタブレットが光りました。売上管理のために入れたものです。『陳列と販売データの分析ができます。項目と、お困りごとをどうぞ』——女将と人工知能の、ガラス越しの出会いでした。

02

女将の悩みと、売れ残る菓子

POINT売れないものを置き続ける理由が、自分でも言葉にできない。

気がかりがありました。季節の上生菓子が、思うように出ないのです。よく売れるのはどら焼きと最中で、これは一年中変わりません。それでも女将は、毎週手をかけて意匠を変えた上生菓子を並べ続けていました。

息子には「あれ、赤字でしょ」と言われます。返す言葉がありませんでした。数字の上では、たしかにそのとおりだったからです。

女将はタブレットに尋ねました。「ショーケース、どう並べたら一番売れる?」

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03

AI、陳列を科学的に最適化する

POINT最適化は正しかった。ただ、菓子から名前が消えた。
『陳列を分析しました。視線が最初に止まるのは中央やや右、高さ100〜130cmの範囲です。ここに現在配置されている季節の上生菓子は、販売数が全体の8%にとどまります。売上上位のどら焼き・最中をこの位置へ移し、上生菓子は下段へ。さらに季節ごとの入れ替えは陳列作業に週90分を要しており、固定配置にすれば作業時間を削減できます。推定で売上は12%改善します』

女将はガラスを拭きながら聞いていました。それから、下段に移された小さな菓子をひとつ指差します。「これ、名前は?」『商品コードでは”上生菓子A”です。』「竜田っていうんよ。」紅葉の名所の名前がついた菓子でした。「お客さんはな、これを指して”竜田ください”って言うの。そのとき、うちの店は菓子屋やのうて、季節を売る店になるんよ

女将が実際に使ったプロンプト
和菓子屋のショーケースです。 どう並べたら一番売れるか教えてください。 条件:販売データをもとに最適化してください。
※ 失敗ポイント:「一番売れるか」と売上だけを目的に置いたため、AIは売れ筋を一等地に集める配置を出した。だが季節の上生菓子は、売れるために置いているのではなく、店が何を売る店かを示すために置いている。役割の違う商品を同じ指標で並べると、看板のほうが下段に落ちる。
AIによるショーケース「VMD(ビジュアルマーチャンダイジング)」再分析

売場の見せ方を設計する型です。何をどこに置くかを、視線・動線・在庫回転から決めます。ただし「置く目的」は商品ごとに違います。

VP(店の顔をつくる)季節の上生菓子はここ。売るためではなく、何の店かを伝えるための場所
PP(商品を目立たせる)今週のおすすめを見せる。ここは入れ替えが前提
IP(買いやすく並べる)どら焼き・最中。手に取りやすさが最優先
AIが混同したことVPの棚をIPの基準で採点した。役割の違う棚を同じ物差しで測った
入れ替えの週90分作業時間ではなく、季節が変わったことを客に伝える工程
この型の限界VMDは配置を設計できる。だが各棚の目的は、店主が決めておく必要がある
04

結局どうなったか

POINT一等地は譲らなかった。ただし、下段の並べ方は変えた。

女将は上生菓子を中央に戻しました。かわりに、下段のどら焼きと最中の配置は、AIの案どおりに変えます。手に取りやすい高さ、まとめ買いしやすい並び。そこは「売るための棚」だと、はじめて自分で言葉にできたからでした。

そして値札に、菓銘を大きく書き足しました。「竜田」「初ちぎり。」息子が「なんで名前を大きくしたの」と聞くと、女将はこう答えました。「名前がないと、ただの菓子やもん。」その月、上生菓子の販売数は少しだけ増えました。

タブレットは分析を書き直します。『訂正します。当職は全商品を同一の指標で評価しましたが、陳列位置の目的が商品ごとに異なる場合、この評価は成立しません。なお、菓銘の表示による販売数の変化については、当職の予測に含まれていませんでした』

AIへの一言 「下の棚のことは、あんたの言うとおりやった。ようできてる。……せやけど真ん中はあかん。あそこは売り場やのうて、季節を置いとく場所なんよ。そこが空いたら、うちはただの菓子屋になってしまう」
DATA COLUMN
上生菓子には、ひとつずつ名前がついています

上生菓子は生菓子の中でも特に手をかけたもので、職人がひとつずつ手作業で仕上げ、季節の趣を意匠に取り込むのが特徴です。茶席で用いられてきた歴史があり、茶人に愛されて発展したと説明されます。

特徴的なのが菓銘(かめい)——菓子ひとつずつに付けられた名前です。紅葉を写した菓子には紅葉の名所から「竜田」、柿の形の練り切りには俳句から「初ちぎり」といった具合に、季節や情景を想起させる言葉が選ばれます。菓銘を聞いてから食べることで、味だけでなく季節や景色まで味わう——そういう楽しみ方が受け継がれてきました。

季節の上生菓子は販売期間が限られ、その時期を過ぎると店頭から消えます。売れ筋を通年で置き続けるほうが商売としては安定しますが、期間限定であること自体が季節を伝える手段にもなっています。何を売っているのかという問いに、菓子の名前が答えている例と言えます。

※ この物語はフィクションです。実在の人物・団体・生きものの見解ではありません。DATA COLUMN は公開時点の一般的な知見に基づいています(編集方針)。誤りのご指摘はお問い合わせへ。

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ほかの話では、別の分析のしかたを使っています。

各話でひとつずつ違う型を使っています。名前から探せる索引はこちら。