路地裏の駄菓子屋に、孫がタブレットを置いていった
商店街から一本入った路地。創業60年の駄菓子屋の店先で、おばあちゃんが丸椅子に座っていました。棚には十円のガム、二十円のスルメ、三十円のラムネ。レジは今も手打ちの引き出しです。
ある日、心配して様子を見に来た孫が、店番のお供にとタブレットを置いていきました。『こんにちは。店舗経営を分析します』——創業60年の店主と人工知能の、路地裏での出会いでした。
〜創業60年にして、はじめて数字で「畳みなさい」と言われた〜
商店街から一本入った路地。創業60年の駄菓子屋の店先で、おばあちゃんが丸椅子に座っていました。棚には十円のガム、二十円のスルメ、三十円のラムネ。レジは今も手打ちの引き出しです。
ある日、心配して様子を見に来た孫が、店番のお供にとタブレットを置いていきました。『こんにちは。店舗経営を分析します』——創業60年の店主と人工知能の、路地裏での出会いでした。
おばあちゃんの悩みは、はっきりしていました。「もう、ほとんど儲けは出とらん。仕入れて、並べて、十円もらって。一日の売上より、電気代のほうが高い日もあるでね。」姑から継いで、気づけば創業から六十年。閉めるという言葉を、これまで一度も口にしたことがありませんでした。
孫にも言われます。「おばあちゃん、もう歳なんだから。店なんて畳んで、のんびりしなよ。」それは優しさだと分かっている。分かっているけれど、三時半になると路地に響く「ただいまー」の声を思うと、返事ができないのです。
おばあちゃんは、置いていかれたタブレットに尋ねました。「なあ。この店、続けてええもんかね。」
おばあちゃんは、ゆっくり笑いました。「あんた、よう調べたね。数字は、あんたの言うとおりじゃ。」そして続けます。「じゃがな。うちに来る子は、菓子を買いに来とるんじゃないんよ。ランドセル置いて、宿題して、けんかして、仲直りして帰る。十円のガムは、ここに居てええという切符でね。」
AIは店舗の集客力を、売場面積と距離から計算するハフモデルで測りました。買い物先の選択を予測する定番の手法です。ただしこのモデルは「何を買いに来るか」しか見ておらず、この店の来店理由はそこにありませんでした。
おばあちゃんは店を畳みませんでした。ただ、孫と相談してタブレットの使い道を変えました。人気の駄菓子が切れないよう仕入れの時期を教えてもらい、重い箱の発注はネットで済ませる。おばあちゃんが辛かったのは、売上ではなく仕入れの足腰だったのです。
三時半。今日も路地に「ただいまー」が響きます。AIは記録を書き換えました。『訂正します。当店の提供価値は菓子ではなく、放課後の滞在時間でした。商圏分析の対象外です。』数字で測れる店は、数字で畳める。この店は、どちらでもありませんでした。
駄菓子屋は、少ない小遣いの範囲で「何を買うか」を自分で決める経験の場として語られてきました。十円・二十円という単位で選び、迷い、時に交換する。金銭感覚や交渉を学ぶ入り口であり、地域の大人が子どもを見守る場としての役割も指摘されます。
店舗数は全国的に減少が続いており、後継者不足や子どもの数の変化がその背景とされます。物価の面でも変化があり、たとえば1979年発売の「うまい棒」は長く10円で販売されていましたが、2022年に12円、2024年に15円へ改定されたと報じられました。それでも小銭で買える駄菓子は、子どもが自分の判断でお金を使える数少ない売り場であり続けています。
※ この物語はフィクションです。実在の人物・団体・生きものの見解ではありません。DATA COLUMN は公開時点の一般的な知見に基づいています(編集方針)。誤りのご指摘はお問い合わせへ。