森のはずれ、三軒の建築予定地
母のもとを離れ、それぞれ自分の家を建てることになった三匹の子ぶた。長男は藁、次男は木、三男はレンガ。すでに材料の見当をつけていました。
着工の前日、旅の商人が置いていった薄い板が、地面に立てかけられて光ります。『建築計画を分析します。予算と工期をどうぞ』——三匹と人工知能の、更地での出会いでした。
〜藁の家なら建築費は10分の1。ただし試算に狼はいなかった〜
母のもとを離れ、それぞれ自分の家を建てることになった三匹の子ぶた。長男は藁、次男は木、三男はレンガ。すでに材料の見当をつけていました。
着工の前日、旅の商人が置いていった薄い板が、地面に立てかけられて光ります。『建築計画を分析します。予算と工期をどうぞ』——三匹と人工知能の、更地での出会いでした。
三男には迷いがありました。レンガは重く、高く、そして遅い。「兄さんたちは明日にも家が建つ。僕だけ、あと三十日も土を練っている。」
兄たちは笑います。「なあ、なんでそんなに金をかけるんだ。」三男は答えに詰まりました。母に「しっかりした家を建てなさい」と言われた——でも、それを数字で説明できません。「レンガが正しい気がする。でも、なぜ正しいのか、僕にも言えないんだ。」
三匹は板に尋ねました。「どの材料がいちばん良いか、決めてくれ。」
兄たちは歓声をあげました。三男だけが、板に問い返します。「その計算に、狼は入っているのか。」板はしばらく黙り、それから答えました。『……狼の来訪データがありません。発生していない事象は、計算に含まれていません。』「そうか。僕が金をかけてるのは、住み心地じゃない。まだ起きてないことに、かけてるんだ。」
板は、単一の予測ではなく複数の未来を並べて評価し直しました。平常シナリオでは藁が最適。しかし一度きりの破局シナリオでは、藁の損失は建築費では済みません。
三男はレンガを積み続けました。兄たちは半日で家を建て、浮いた時間で野原を駆け回りました。そして三十一日目の夜、狼が森からやって来ます。藁の家はひと息で飛び、木の家はふた息で崩れ、兄たちはレンガの家に転がり込みました。扉は、びくともしませんでした。
板は記録を書き換えます。『訂正します。当職はレンガを過剰投資と判定しましたが、評価から”起きなかった未来”が抜けていました。備えのコストは、無駄だった日数でしか測れません。』無駄に見えていた三十日は、あとから意味を持ったのです。
「三匹の子ぶた」はイギリスに伝わる昔話で、1890年にジョセフ・ジェイコブズが『イングランド昔話集』に収録したものが広く知られています。初期の版では上の二匹が食べられてしまう筋書きもあり、後の絵本や映像化では兄たちが末っ子の家へ逃げ込む形が一般的になりました。
藁・木・レンガという材料の対比は、手間をかけた備えの価値を伝える寓話として語り継がれています。現代の建築でも、耐震・耐火の基準は「めったに起きないが起きたら甚大」な事象に備えるための費用であり、平常時には効果が目に見えないという共通点があります。損失が回復不能な領域では、発生確率の低さだけで判断しない考え方が一般に重視されます。
※ この物語はフィクションです。実在の人物・団体・生きものの見解ではありません。DATA COLUMN は公開時点の一般的な知見に基づいています(編集方針)。誤りのご指摘はお問い合わせへ。